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shortstory2

もう色褪せない

 休日の午後、今日は一人だ。久しぶりにポツンと一人。会社に入った頃の遠い昔のことがなぜか思い出される。いくらももらえない会社で朝から晩まで働いて、疲れきって休みにはアパートで眠りこける。たった一人で眠りこける。目を覚ますともう午後、これからどうしようと考えているうちに夕方になる。とにかく何も考えられないまま休日は終わる。あの頃の午後に似ている。

 あの頃何してたかな?うーん、レコード買いに行って、安物のステレオからカセットテープにダビングして、中古車につけたカーステレオで通勤の時に聴く。そんな休日だったかな。車とかステレオコンポとか安給料じゃローンばかりが忙しかったな。それも遠い思い出だ。それからカメラも買った。一眼レフカメラ、憧れだった。NがいいとかOがいいとかいろいろ悩んでOにした。そんなのが悩みだったんだから今思えば本当に幸せなことだ。

 そういえばレコードはどうしたっけ。何回の引越しの間にどこかにまぎれたかな。ひょっとすると女房のやつ、俺が知らない間に処分したかも知れない。まあ、いい、どうせ今はあの時のコンポもないし、聞くことはできないだろう。でもカメラはどっかにあるだろう。あのころ、カメラ雑誌のポートレートにあこがれて、女房を随分撮ったカメラだ。あいつだってそれは覚えているだろう。捨てちゃいないはずだ。


 同郷の同級生だった女房と一緒なったのは数年ぶりの同窓会がきっかけ。本当によくある田舎者のパターンだと思うが、うちもその中のひとつだ。あの時買ったばかりの一眼レフ持って、同窓会に出かけ、撮ってやった写真を送ると返事が来たのがきっかけかな。綺麗な字だったよな。あの手紙も捨ててないはず。結婚してからあいつが恥ずかしがってどこかに隠したんだ。俺に恥ずかしい訳じゃなくて娘に冷やかされるのが嫌だなんて、何考えているんだよ。でも写真は今もアルバムにあるはずだ。


 今日はチャンスだ、アルバムとカメラ捜すぞ。不意に一人の休日に仕事ができた。


 あれからもう30年か、あいつ、かわいかったな。ちょうど娘が同じ年頃だ。でも娘は俺に似たせいか、女房とはあまり似ていない。いや、面影はあるし、性格はそっくりだ。しかし、あの頃のアイドル歌手を真似たヘアスタイルが本当に古臭く、野暮ったく感じる。時の流れはある意味残酷だ。残酷な状況だったのは俺のカメラも同じだな。結婚して娘が生まれて、写真は結構撮ってやったけど、ビデオも多かったし、綺麗に取れることがわかっていてもオートフォーカスのフラッシュ付きコンパクトカメラばかり使っていた結果だ。日付が入るのも便利だったし。今は何年か前に買ったデジカメだが、そういえば日付っていうのは入らなくても気にならなくなったな。まあ、最近はデジタルデータだからパソコンで見りゃわかるし。でも人にあげるときはどうしているのかな。そうか、データで渡せばいいのか。メールで送るよなんてやるわけだよな。便利って言えば便利だけど、娘にも俺と女房とのきっかけみたいなことが同じように起きるのかな?

 ひとりでいる俺の頭の中をいろんなことがシーケンシャルに駆け抜けて、人が聞けば笑うような娘への心配に変わった。俺はひとり苦笑する。ところでこっちのカメラは手入れひとつしてやってない。俺はまたカメラに目を落としてそう思った。


 でも不思議だな。


 30年も経ったカメラなのにずっと鏡の中の自分に気が付かなかったように昨日と同じに見える。金属の重みはそれがそのまま機械仕掛けであることを鈍く光りながら語って、両手にも伝えてくる。巻き上げてシャッターを切って見る。軽快な機械音、伝わる振動、一瞬ブラックアウトするファインダー。電気仕掛けのデジカメと違う本当の機械音、本当の振動。もう一回巻き上げる、シャッターを切る。繰り返す、また繰り返す。言葉は悪いが俺は恍惚の中にいた。


 ふっと急にいつも使ってるデジカメの方が色あせて見えて、レンズの中に時代に流されていた自分が見えた。なんだ、ずっとこれでよかったんじゃないか! 俺はパソコンの前に座ると「フィルムカメラ修理」と打ち込んだ。色褪せない本物とこれからも過ごすために。


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