古いフィルムカメラの修理専門の東京カメラサービス浜松店です。フィルムカメラ初心者にも丁寧な説明します! 静岡県浜松市

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2018/9/27 (木)

形見分けのカメラ

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ペンDの修理を承りました。何度となく修理しているはずですが、過去ブログが見当たりません。唯一残っているのが工房在庫のペンD2のみでした。

ペンDは1962年に発売され、プロのサブ機としても使えることを目指したものと思われます。「D」はデラックスの意味で、レンズも32mm,F19のコンパクト機としては大型で、シャッター速度も1/500を最高速度としています。さらにはこの小さなボディにセレン光電池式の単独露出計を内蔵しています。

この個体は巻き上げできない他、いくつかの問題を抱えたカメラでしたが、オーナーのお爺様の形見分けということでご依頼がありました。自分を撮ってくれたカメラで自分の子供も撮りたいとのご希望です。また、フィルムカメラを使ったことがないとのことでその使い方もご説明することとなりました。実は当店がフィルムカメラユーザーの底辺拡大のため、サービスに力を入れているタイプのお客様です。

巻き上げ不良は内部のバネが腐食して切れ、セルフコキングが解除できなかったのが原因のようでした。しかし露出計はセレンの発電量が落ち、そのままではつかえません。別途費用請求をお願いして、中古良品と交換いたしました。

さて、取り扱いをご説明しなければならないのですが、これまでも遠方のお客様には当店サイトのお客様専用ページに文章と写真で作り、見ていただくという方法で対応させていただいていました。これ、実は大変な労力が要ります。今回は近県豊橋のお客様ということもあり、カメラの引き取りと取り扱いのご説明を兼ねてご来店いただくこととさせていただきました。

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2018/9/19 (水)

千手観音

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キヤノン7の整備を承りました。キヤノン7はキヤノンのレンジファインダー式カメラの最後のモデルで「7」が1961年、その後1965年に「7S」が発売され、長いレンジファインダーの歴史を閉じました。両者の違いは内蔵された露出計がセレン光電池かCdSセルの電池式かということぐらいです。

キヤノンのレンジファインダー式カメラは1934年にキヤノンの前身である精機光学研究所の試作機「カンノン」から始まっており、これはライカを手本に開発されたものとのことです。研究所の創設者が千手観音の信者だったことから「カンノン」と名付けられ、その後、製品である標準型を発売した際に聖典の意味を持つ「CANON」と名称変更されたようです。尚、標準型は近江屋写真用品株式会社が独占販売権を持ち、このため、同社商標の「ハンザ」を付け、「ハンザ・キヤノン」とも呼ばれます。製品化に当たってはレンズとレンジファインダー(距離計)の安定供給が必要だったため、ニコンをパートナーにしていました。レンズはニッコールです。

話を戻すと、キヤノン7はこの標準型から様々な改良が加えられますが、V(ブイ)型以降はライカM3の影響を受けたモデルでファインダーのパララックス補正は35/50、85/100、135mmの切り替え式で、採光ブライトフレームとなっています。しかし、レンズマウントはライカのLマウント互換のままです。この後ライカM3を追わず、製品は一眼レフへシフトしていきます。

この個体は大きな問題はなく、ファインダーの清掃と、距離計(二重像)、シャッタースピード、露出計の調整が主な作業でした。特にご希望がありましたので各シャッタースピードの実測値をご提出しました。但し、その測定値でのクレームはご遠慮いただくことが条件です。



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2018/9/12 (水)

板金カメラ

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リコーフレックスの修理を承りました。正確に言うと1950年に発売されたリコーフレックスⅢ(3)の改良型のMODEL Ⅵ(6)で、ファインダーのルーペが大型化、裏蓋も二重ロック化されたものです。

このカメラはそれまでの一般的な2眼レフのアルミダイカストのボディ、カム繰り出しのピント合わせ機構を持ったものとは違い、プレス機で鋼板を加工し、わずか6本のネジで組み立てられたボディにヘリコイド繰り出しのレンズ回転式ピント合わせを採用、しかもビューファインダーレンズ側との同期はレンズ外周につけれたギヤによる方法です。生産工数も少なく大量生産できるため、販売価格も安く、大ヒットしたカメラです。フィルムセットもマガジン式となっており、カメラ内のレイアウトも無駄なく出来ています。このため、他の二眼レフと比較し、小型・軽量で扱いやすいです。

この時代、120フィルムの6×6サイズはフィルム価格が高いものの、引き伸ばし機を使わずともベタ焼きで写真となることから2眼レフが流行したと聞きます。このカメラの誕生は日本のカメラ普及を促進したことは確かです。

この個体は大きな問題は抱えていませんでしたが、たった6本のネジで組み立てられているネジの1本がなくなっており、このネジを探すのが一番の問題でした。現在のネジとはネジの規格が違うため、市場にはこのネジはありません。当店のこの当時のジャンクカメラから探し出しての修理となりました。

オーナーは浜松市内の会社にお勤めの若い男性。オークションで手に入れたとのことでしたが、フィルムカメラは初めてなので使い方から教えて欲しいとのことでした。しかし、さすがは技術者、パッと理解して新しく得られたフィルム写真の知識に満足そうなのが印象的でした。



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2018/9/5 (水)

捨てる神・拾う神

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コニカFPのカメラ修理を承りました。オーナーはリサイクルショップでジャンクとなっていたものを見つけ、試しに撮ってみたところ、予想以上にきれいな写真が撮れたので、整備して使っていこうと思われたようです。

このカメラは1962年に発売された、コニカFSの改良版です。コニカの一眼レフは初代のコニカF(1959年)から全て縦走り金属幕シャッターを採用しています。初代コニカFはそのシャッターがコニカ内製でしたが生産性は高くなく、試作程度の生産で終わりました。その一方でコパルの開発で得られた同じ縦走り金属幕シャッターである「コパル・スケヤ」を採用してコニカFSを発売し、その後、本機FP、CdS露出計内蔵のFMと進化して行きます。残念ながらこのコニカFシリーズは市場で成功したとは言えず、次のコニカ・オートレックスにバトンタッチしています。

さて、この個体はレンズもセットで整備を承りましたが、素人と思われる無茶な分解を抱えていました。オーナーからも指摘があったのですが、レンズ銘板にドリルの穴が二つ空いていました。おそらく分解するのにこの銘板のネジを回すことができず、工具の引っ掛かりのためにいわゆる「カニ目」をつけたようです。プロの修理人はこんなことしません。また、本体も巻き上げレバーの飾りネジを外そうとして工具を滑らし、メッキ部分に傷をつけたようです。更にシャッタースピードダイヤルの止めネジの1箇所のネジ頭を潰してしまい、外れなくなって、グラグラしています。これが外れなかったため、この分解はあきらめたようです。全てきっちり整備させてもらいましたが、レンズ銘板に開けられたドリル穴はどうしようもありませんでした。

当時のコパルスクエアを搭載したためか、ちょっと大柄です。また、結構大きな音と振動がありますが、本体の重さもあり、手ブレはないと思います。音は確かに大きい(笑。でも、撮ってる感があっていいかもしれません。レンズはヘキサノンです、写りが悪い訳はありません。



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